今が頑張るところ

頑張るぞ!勝つぞ!

日本に来る前の写真が出てきた。

当時33歳の僕。

そうだ。僕は33歳に国際交流員になるという夢を持っていた。

①外国で韓国語を教えたい②日韓交流の仕事に携わりたい

この二つの想いで日本政府が主管する国際交流員選抜試験に挑戦。

だが、それは最初はとんでもなく無謀な挑戦だった。

何故なら、

そもそも、日本語能力1級を持っている人だけが志願できるからだ。

僕?1級どころか、ひがらがも読めない。

しかも

他の志願者は大学で日本語専攻したり

日本へ交換留学したり

つまり、すでにかなりの日本語力の所有者ばかり。

どう考えても彼らと競争して合格するのは可能性0%

試験の難しさは言うこともない

韓国で行われる韓国人の国際交流員先発試験はとてもキツイ。(以下過去の問題)

1次筆記試験にはこのような問題が出る

いわゆる、日本に行って幅広い世代の人々と多方面の会話が出来るように

日本の事情がよく分かる人が選べられる

範囲が広くてどこから勉強すればいいかも分からない 笑

でも、自分なりの戦略を立てて勉強に励んでいた

本当に食べる・寝る・トイレ時間以外は勉強・勉強・勉強だった

毎日10時間以上勉強をしていた気がする

ストレスで「ヘルペス」にもなったり。笑

でも、頑張って3級から2級へ、そして1級をとった。

2次日本語面接はもっとキツイ。

今は変わっていると思うけど、当時は圧迫面接だった。

面接官の攻め一方の質問に面接後泣いたりする人もいたらしい。

僕も面接中面接官に怒鳴られたことがある。

それで、一回落ちた。(幸いに、補欠者になる)

それからもう一年頑張って

2度目の挑戦で合格し、

ここ島根県雲南市の国際交流員になった。

今年度、新たに国際交流員として、韓国から着任された李在鎭(イジェジン)さんの辞令交付式が4月16日、市役所で行われ、速水市長から辞令書を手渡されました。辞令書を手渡した後、速水市長は、「日本、雲南市の大いなるファンとなり、韓国と日本の懸け橋となるよう存分に活躍してほしい」と歓迎のことばを李さんに送りました。 李さんは、「これから韓国に関心を持ってもらえるような行事や講座を企画し、地域の人たちと広く交流したい。韓国と日本をつなぐ丈夫な懸け橋になりたい。いろんな交流を通して、たくさんの事を学びたい」と抱負を語っていました。

最近、自分の目標や夢をまとめたプレゼン資料を作成中

ふたたび、自分を信じて

今が頑張るところ

 

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